をきめた。こういう愚なことで、わしが損害を受けるのは、如何にも馬鹿馬鹿しい話だから、わしのやれるだけのことはやってみるつもりだ。伝兵衛、お蔦という娘の部屋はどこだ。わしが行って探してやる」
金唐革《きんからかわ》の文箱《ふばこ》に、大切《だいじ》そうに秘めてあった一通の手紙。
浜村屋の屋号|透《すか》しの薄葉《うすよう》に、肉の細い草書《くさが》きで、今朝《こんちょう》、参詣|旁々《かたがた》、遠眼なりともお姿を拝見いたしたく、あわれとおぼしめし、六ツ半ごろ、眼にたつところにお立ち出でくだされたく、と書いてある。
源内先生は、ジロリと伝兵衛の顔を振仰いで、
「これで引っかかりだけついたようだな。市村座は今日が初日。もちろん小屋入りをしているだろう。さア、これからすぐ乗込んで行こう。……ことによれば、ことによるぞ」
葺屋町《ふきやちょう》へ入って行くと、向うから坊主頭を光らせながらやって来たのが、浅草茅町《あさくさかやちょう》に住む一瓢《いっぴょう》という幇間《ほうかん》。源内先生の顔を見るより走り寄って来て、いきなり、両手で煽ぎ立てながら、
「いよウ、これは大先生。いやもう、大
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