蔦という娘の今朝の素振りに何となく腑に落ちぬところがある。……どんな律義な娘か知らないが、正月の朝六ツ半がけ、ようやく陽が昇ったか昇らぬかといううちに起き出して、雪の積った物干台へ植木鉢を運び上げるなんてのは、何んとしても、すこし甲斐甲斐し過ぎるじゃないか。……わしには、その辺のところに、何か曰《いわ》くがあるように思われるんだが、いったい、お蔦という娘は、平常《ふだん》もそんなことをやりつけているのかどうか、その辺のところをたずねて見たか」
伝兵衛は、したり顔で、
「そこに如才はありません。……どんなに躾けがいいといったって、夜更かしが商売の茶屋稼業のことですから、六ツや五ツのと、そんな小《こ》ッ早《ぱや》く起きるはずはない。……ところが、どうしたわけか、昨夜《ゆうべ》小屋から帰って来ると、たいへんなご機嫌で、滅多にそんなこともしないのに、父親の膳のそばに坐って酌をしたりして、ひとりで浮々していたそうです。……お袋の話じゃ、そわそわ寝返りばかりうち、六ツになるかならぬうちに寝床から跳ね出して、髪を撫でつけたり、帯を締めたり。何をするかと思っているうちに、今度は、梅かなんかの植木鉢を
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