、谷中瑞雲寺《やなかずいうんじ》の閻魔堂《えんまどう》のそばで、つい、たった今、また娘がひとり殺《や》られたという急な報せ。ちょうど、閻魔の祭日の当日なので。
 そばと言っても境内ではない。瑞雲寺の石塀をへだてた隣りの家。
 娘の名はお蔦《つた》。さきの二人と同じく、やはり十八。
 浜村屋《はまむらや》という芝居茶屋の二女で、二人に劣らぬ縹緻《きりょう》よし。商売柄になじまぬ躾《しつけ》のいい娘で、この朝も早く起き、昨夜《ゆうべ》の雪が薄すらと残った物干台へ、父親の丹精の植木鉢を運びあげていた。
 物干へ上ると、閻魔堂の屋根はすぐ眼の前。気さくなたちだから、植木鉢を棚へ並べながら境内を見下ろして、二階の座敷にいる母親に、大きな声で参詣の人の品さだめをしてきかせていた。
 そのうちに、とつぜん声がしなくなり、コソとも動き廻る音が聞えなくなったので、母のお芳《よし》が妙に思って、横手の半蔀《はじとみ》から物干の方を見上げて見ると、お蔦が、膝をつくようにして、雪の上にがっくりと上身をのめらせていた。
 物干場から瑞雲寺の石塀までは、大体、五間ほど離れている。そちらへ迫ってゆく屋根もなく、物干
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