の下はすぐ黒板塀を廻した中庭。
二つの前例通り、どこを見ても変った足跡などはない。気のきいたつもりのやつが、二階の屋根瓦の上を這い廻ったが、雀が驚いて飛び立っただけで、ここにも、何の消息はなし。
源内先生の演説
源内先生が、宙乗《ちゅうのり》をしていられる。風鐸《ふうたく》を修繕するだけのためだから、足場といっても歩板《あゆび》などはついていない、杉丸《すぎまる》を組んだだけの、極くざっとしたもの。
何しろ、大きな筒眼鏡を持っていられるので、進退の駈引が思うように行かぬらしい。三重のあたりまでモソモソと降りて来たが、そこで、グッと行き詰ってしまった。
足場の横桁が急に間遠になって先生の足が届かない。宙ぶらりんになったまま、しきりに足爪を泳がせていられるが、どうして中々、そんな手近なところに足がかりはないのである。
源内先生は、情けない声をだす。
「おい、伝兵衛。どうも、いかんな。こりゃ、降りられんことになった。なんとかしてくれ」
伝兵衛は、面白そうな顔で見上げながら、無情な返事をする。
「何とか、って。どうすりゃアいいんです」
「上《あが》るも下《
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