ちへ行って、雪晴れの空の下にクッキリと浮き出した筑波山の方を眺めていた……。
茶屋の婆が、茶釜の下をのぞいている、ものの二、三分ほどの間に、娘は殺されて雪の上に倒れていた。
日頃、ひよわいお嬢さんだから、雪にでもあたったのかと思って、茶屋の婆が急いで駆け寄って見ると、雪あたりどころか、のぶかく頭を斬りつけられ、アララギの御神木《ごしんぼく》の根元のところに、結ったばかりの路考髷《ろこうまげ》を雪に埋めてあわれなようすをして死んでいた。あッ、という声さえきかなかった。
一方は切り立った崖で、一方はひと目で見渡せる広い境内。雪の上には、ここでも、婆と娘の足跡のほか、押したような痕すらない。
信心深い娘で、毎月八日にきまって手拭を納めに来るので、婆とは顔馴染、素性もよく知っていた。谷中《やなか》の延命院《えんめいいん》の近くに住んでいる八重《やえ》という浪人者の一人娘。
坂下の番屋に気のきいた番衆がいて、駆け込んで来た婆の話をきくと、一緒に飛んで来て、石段の下へ縄を張って参詣の人を喰い止めてしまったので、足跡は、そっくりその時のままになっていた。
創《きず》も、初枝のときと寸分ち
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