ワッと陽が照り出したのを見て、ちょっと、と言って、行先も告げずに寮を出た。それで、こんな始末になった。
ところで、それから四日おいた同じく正月の八日。こんどは、日暮里《にっぽり》の諏訪神社《すわじんじゃ》の境内で、同じような事件が起きた。
富士見坂《ふじみざか》の上、ちょうど花見寺《はなみでら》の裏山にあたるので、至《いた》って見晴しのいい場所。
この境内に立つと、根岸田圃《ねぎしたんぼ》から三河島村《みかわしまむら》、屏風を立てたような千住《せんじゅ》の榛《はん》の木林。遠くは荒川《あらかわ》、国府台《こうのだい》、筑波山《つくばさん》までひと目で見渡すことが出来る。
やはり、雪のやんだ、クワッと陽のさしかけた天気のいい朝で、時刻は五ツ半頃。
崖っぷちに、夏は納凉場《すずみば》になる葦簀張《よしずば》りの広い縁台があり、そのそばに小さな茶店が出ている。
雪《ゆき》の朝早《あさはや》くなので、まだ参詣の人影もない。やって来たのは、その娘ひとり。
納め手拭を御手洗《みたらし》の柱へかけて、社《やしろ》へちょっと拍手《かしわで》をうち、茶屋の婆へ愛想よく声をかけてから、崖っぷ
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