蔦という娘の今朝の素振りに何となく腑に落ちぬところがある。……どんな律義な娘か知らないが、正月の朝六ツ半がけ、ようやく陽が昇ったか昇らぬかといううちに起き出して、雪の積った物干台へ植木鉢を運び上げるなんてのは、何んとしても、すこし甲斐甲斐し過ぎるじゃないか。……わしには、その辺のところに、何か曰《いわ》くがあるように思われるんだが、いったい、お蔦という娘は、平常《ふだん》もそんなことをやりつけているのかどうか、その辺のところをたずねて見たか」
伝兵衛は、したり顔で、
「そこに如才はありません。……どんなに躾けがいいといったって、夜更かしが商売の茶屋稼業のことですから、六ツや五ツのと、そんな小《こ》ッ早《ぱや》く起きるはずはない。……ところが、どうしたわけか、昨夜《ゆうべ》小屋から帰って来ると、たいへんなご機嫌で、滅多にそんなこともしないのに、父親の膳のそばに坐って酌をしたりして、ひとりで浮々していたそうです。……お袋の話じゃ、そわそわ寝返りばかりうち、六ツになるかならぬうちに寝床から跳ね出して、髪を撫でつけたり、帯を締めたり。何をするかと思っているうちに、今度は、梅かなんかの植木鉢を持って物干へ出て行こうとするから、転《ころ》んで怪我でもしてはいけないと、さんざんに止めたそうですが、どうしても聴き入れない……」
「なるほど、その辺のところだと思っていた。……なあ、伝兵衛、たぶん、これは誘われたんだな。恐らく六ツ頃に物干へ上っている約束でも誰かと出来ていたのだろう。……お前は、娘の部屋を探してみたか」
「いかにも、そういうことはありそうだ。ちょっと行って掻き探して来ますから、暫くここに立っていてください」
「冗談いっちゃいかん。わしは腹が減ったからもう帰る。後は、お前が勝手にやったらよかろう」
「まるで、十八番《おはこ》だね。何か言やア、帰る帰る……」
たいして変え栄《ば》えもない顔を、生真面目につくって、
「それまで仰言るんならぶちまけますが、今度の三つの件には、先生も相当の関係があるんですぜ。気になさるといけないと思ったから、このことだけは隠していたんだが。三日と八日と、それから今日。……きてれつな死に方をした、この三人の娘たちはみな源内櫛を挿しているんです」
「それはどうも、怪しからん」
「そんなことを言ったってしようがない。これがパッと評判になって、源内櫛
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