《おくゆか》しかったから、己惚面《うぬぼれづら》をした美男の評判のある長崎の小小姓《こごしょう》などは足元にも寄れぬくらいだった。
何と言っても、通詞という官位を持っているのだから番屋調べをするというわけには行かない。伝馬町の揚屋《あがりや》に入れて手酷《てきび》しく調べ詰めたが、どうしても自分が殺したとは言わない。
丁度その時刻には、自分は市村座《いちむらざ》で芝居を観ていたという。芝居茶屋へ訊い糺《ただ》して見ると、来た時刻も帰った時刻もちゃんとウマが合っている。
茶屋へ入って桟敷《さじき》へ通ったのが正午《ひる》過ぎの八ツで、茶屋を出たのが終演《はね》る少し前の五ツ半。如何にも眼立つ服装《なり》をしているのだし、多分に祝儀をはずんだので、茶屋でははッきりと覚えていた。
しかし、桟敷で身装《みなり》を変えて小屋抜けをするぐらいは造作もなく出来ることなのだから、これだけでは嫌疑が晴れようわけはなく、揚屋《あがりや》にそのまま留められたが、陳東海は、誰か自分によく似た男が自分に成澄《なりす》ましてこんなことをしたのに違いないと言張って、どうしても承服しないのだった。
源内先生
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