えまわるより、今のうちに聞くだけのことを聞いて置く方がいいと思ったので、左腕を背へ廻して女の上身を引立て、膝でそっと支えてやって、
「お内儀《ないぎ》、お内儀、何をこれしきの傷。死にはしないから、気を確かに持ちなさい」
「は、はい……」
薄ッすらと眼を開けたが、すぐまた、がッくりとなるのを引起すようにして、乙平、
「弱ッちまッちゃいけない。それじゃ亭主に逢えんぞ。確《し》ッかりしなさい」
亭主という声が届いたのか、起上ろうと両手を泳がせながら、
「だい、じょうぶ……」
「おう、元気が出たな、物が言えるか」
うなずいて、
「い、言えます」
「殺したのは誰だ」
「……陳東海……」
「この家の主人だな」
また、こッくりと頷いて、
「……襖《ふすま》の向うから、あたしが挨拶しますとね、襖を明けてお入りッて言いますから、何の気もなく、襖を明けますと、どうしたというのでしょう。陳さんが朱房のついた匕首を振上げて、喰いつくような顔付で襖のすぐ傍に仁王立ちになッているンです。……あたし、あッと驚いて、逃げ出そうとすると、追かけて来て、いきなり後《うしろ》からこんな酷《ひど》いことを……」
「何
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