の無残な姿やお鳥の哀れな死顔、また藤十郎の悲歎に窶《やつ》れたようすなどがチラチラと眼に泛び、何を喰べても何を飲んでも一向に味がわからない。気がついて見ると何時の間には肉刺《ハーカ》を置いて我ともなく愁然と腕組をしている。
 隣の吉雄幸左衛門《よしおこうざえもん》が見兼ねたものか、どうなすった、だいぶお顔の色が悪いようだが、と囁いたが、それにもちょっと頭を動かして頷いたばかり、返事をする気にもなれない。
 源内先生は、じぶんが目睹《もくと》したところと藤十郎から聴いた事実をあれこれと照し合せ比べ合せ、頭の中でしきりに結んだり解いたりしていたが、そのうちに、冬の夜明けのような極く漠然とした希望の光が頭の中へ射込《さしこ》んで来た。
 源内先生は、思わず膝を叩いて、
「〆《しめ》たッ、これでどうやらようすが判って来た」
 と、頓狂な声で叫び立てると、急に談笑を止めてびッくりしたような顔で、こちらを眺めている一同に会釈しながら、
「甚だご無礼ですが、実以《じつもっ》て拠《よ》んどころない急用を思い出しましたから、中座をさせていただきます。その代り、このお詫びとして、後日ある場所へご案内いたし
前へ 次へ
全45ページ中38ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング