腰を曲げ、瘧《おこり》にかかったようにブルブルと両手を震わせながら、よろぼけよろぼけ、見る影もないようすで上框《あがりがまち》まで出て来て、そこへべッたりとへたり込むと、
「貴君《あんた》、平賀さまですと。ああ、夢のごたる。ほんとのこツと思われんと」
と言って、両手を顔にあてて泣き出した。
源内先生は、平素の無造作に似ず、叮嚀《ていねい》に頭を下げて、
「早いようでも、数えればもう十七年。わたくしもまるで夢のような気持がいたします。四季のお便りに、いつもお元気の体を拝察して欣《よろこ》ばしく存じておりましたが、いつもご健勝で何より。その節はいろいろとお世話に相成りまして有難うございました。この度はご縁あってまた当地へ罷《まか》り下りましたが、なにとぞよろしく」
藤十郎は、はいはい、と頷くきりで泣くのを止めない。
思うに、江戸からお鳥の変死の報知が届き、それで一家中が悲嘆の涙に沈んでいるのであろう。そういう折にまた娘婿のこの哀れなさまを見せ、その無残な死にざまを話さねばならぬと思うと、先生も些《いささ》か辛すぎて身を切られるような心持がする。我ともなく首に掛けている骨箱を道行の袖
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