と思い、それが辛《つら》くてなりません」
福介も、悲しそうな顔をして、
「また愚痴になりますが、わたくしめらも忰《せがれ》や娘に先立たれ、その辛さは骨の髄まで知っております。いきなりこんな姿をごらんになったら、まあ、どのような思いをなさることやら」
「役にも立たぬ繰言を繰返していたってしようがない。どうやら船繋《ふながかり》も済んだようだから、そろそろ上陸の支度をしなさい」
迎いの小艀《サンパン》に乗移って陸へ上り、そこから真直に本籠町《もとかごまち》へ行く。
長崎屋藤十郎の門まで行くと、十二間間口の半《なかば》まで大戸をおろし、出入りする人の顔付もひどく沈み切って、家の様子も何となく陰気である。
源内先生は、福介を後《うしろ》に従えて土間へ入り、名を告げて案内を乞うと、間もなく奥から蹌踉《よろけ》出して来た、長崎屋藤十郎。
昔は藤十郎の恵比須顔《えびすがお》と言われたくらいの肉附のいい福々しい顔が、こうまで変るかと思われるような窶《やつ》れ方。額には悲しみの皺を畳み、頬は痛苦の鉋《かんな》で削取《けずりと》られ、薄くなッた白髪の鬢をほうけ立たせ、眼は真ッ赤に泣き腫れている。
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