のような白いものが覗出《のぞきだ》している。源内先生は、頷いて、
「さすがは、利七さん、つまり、あれをおれに読めと言うんだね。よしよし、待っていなさい。いま読んでやるから」
生きている人間に言いかけるようにそう言って置いて、油団の上に膝をつき、その下から四つに折った小さな紙片を引出した。
懐帳面《ふところちょうめん》の紙を引裂いたのらしく、丈夫な三椏紙《みつまたがみ》で、たぶん血であろう、端の方にべッとりと赤黝《あかぐろ》い汚点《しみ》がついている。
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わたしを殺した者は、長崎、古川町に住む、唐通詞《とうつうじ》陳東海と申す者にて候、七月十五日手前家内お種との古き因縁事に就き、是非共談合、埒《らち》を明け度き事|有之《これある》につき庭窪《にわくぼ》の蘇州庵迄出向くようとの書状を受け、捨置き難き事に候間申越せし儘其処へ出向き候、蘇州庵に着き候頃は早や五ツ半にて、月の光を頼りに唐館の奥へ進み行き候処、此部屋より燈火が漏るるに依り、戸を引開け候に如何なる次第なるや、戸口のところに陳東海が朱房の附きたる匕首を振翳《ふりかざ》して立ちはだかり居るなれば、余りの理不尽
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