った。お前がこんな態《ざま》で死んだと聞いたら、お種さんは涙の壺を涸らすこッたろう。江戸ではお鳥さんが陳東海に殺されるし、その同じ日に、お前がこんなところで殺されている。唐商売《からあきない》なんぞに手を出すからこんな目に逢うのだ。……なア、利七さん、一体、お前を殺したのは誰なんだね、などと訊ねたって、お前に返事の出来るわけはないが、お前だッて生きている間は性のある男だッたから、幽霊にでもなって出て来てどうかおれに教えてくれ。むかし世話になった恩返し、きッとおれが敵《かたき》を取ッてやるから、なア、利七さん」
さすがの源内先生も、余り無残な有様に哀れを催したと見え、死骸の肩に手を掛けんばかりにして諄々《くどくど》と説いていたが、そうしようという気もなく、利七の死骸を眺め廻しているうちに、ちょっと不思議なことに気が附いた。
左手は、だらりと床の方へ垂れ下っているのに、竹倚《チョイ》の腕木にのせた右手の人差指が何事かを指示すように三尺ばかり向うの床の一点を指《ゆびさ》している。
指された辺《あたり》を源内先生が眼で辿って行くと、床に敷いた油団《ゆとん》の端が少しめくれ、その下から紙片
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