余程時日が経つと見え、肉はすッかり腐り切って、触ったらズルズルと崩れ落ちそう。左側の鬢《びん》の毛が顳※[#「需+頁」、第3水準1−94−6]《こめかみ》から離れて皮膚をつけたまま髷《まげ》もろとも右の横顔へベッタリと蔽いかぶさっている。
源内先生は、入口に近いところで中腰になったまま、怯々《おずおず》とこの物凄い光景を眺めていたが、間もなく何時ものような落付いた顔付になり、ノソノソと死骸の方へ戻って来て、
「案の定だッた。江戸でお鳥の殺されたのが七月の十五日。……津国屋の主人《おやじ》から利七が同じ七月の十五日に手紙で誘い出されたまま帰って来ないということを聞いた時、利七はもうこの世のものでなかろうと予察したが、矢張りおれが見込んだ通りだった。……どうも、気の毒なことをした。こんな破寺《やれでら》のようなところで、こんな姿態《ざま》で殺されたんでは利七だって浮ばれない。……おれがやって来なかったら、この先、幾年こんな惨めな恰好で放ッて置かれるか知れたもんじゃない。これも矢ッ張り縁のある証拠。……南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏。町人にしては濶達ないい気性の男だッたが、惜しい男を死なせてしま
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