を描いた六角の彩燈が投げ出してある。
 段々進んで行くと、これで最後かと思われる手広い部屋があって、壁に「蘊藉詩情水雪椀《おんしゃしじょうすいせつのわん》、高間画本水雲郷《こうかんのがほんすいうんのきょう》」と書いた聯が二つ懸かっている。
 源内先生は、うッそりと聯の文字を読んでいたが、何気なくヒョイと闇溜《やみだまり》になった部屋の隅の方へ眼をやると、何か余程怖いものを見たとみえ、日頃そう狼狽《うろた》えたところを見せない源内先生が、
「おッ、これは!」
 と叫んで、三、四歩入口の方へ逃出した。
 葬儀でもした後と見え、祭壇をこしらえた一段高いところに作付《つくりつ》けの燭台に蝋燭が燃え残り、床の上には棺に供えた団子《トワンツー》や供養の金箔紙《ターキン》、白蓮花《びゃくれんげ》の仏花などが落ち散って無残に踏躪《ふみにじ》られている。
 祭壇から三間程離れた部屋の隅に一脚の竹倚《チョイ》が置いてあって、その上に一人の男が朱房のついた匕首《あいくち》をの[#「の」に傍点]深く背中に突立てられたまま胸の上にがッくりと頭を落している。
 唐館の中は夏でも膚寒いほどの涼しさだが、殺されてから
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