どろしいばかりに荒れ果てゝいるうちに、唐櫺子《とうれんじ》の朱の色だけが妙に鮮《あざやか》で、如何にも不気味である。
 源内先生は格別気にもならない風で、今迄の急込《せきこ》み方と反対に、今度はいかにものんびりと石の階段を踏上《ふみのぼ》って行く。
 喜字格子《きじごうし》の戸を押して中へ入ると、館が厚い石造のところへもって来て窓が小さいから部屋の隅々が澱んだように暗い。
 入ったところは玄関の間といった体裁で、床一面に蓆籘《シット》が敷詰めてある。次の押扉《おしど》を押すと部屋かと思いのほか長い廊下になっていて、その両側に交互《たがいちがい》に部屋の扉がついている。
 たぶん隠し天窓でもあるのだろう、何処から来る光か知らぬが、暗い筈の廊下が遠くまでぼんやりと薄明るくなっている。
 源内先生は、克明に一つずつ扉を引開《ひきひら》いては部屋を覗いて歩く。寝室のような部屋があるかと思うと、化粧の間とでもいったような、玻璃《はり》の大鏡が無残に毀《こわ》れた床に墜ち散っている部屋もある。朱と金で彩《いろど》った一抱《ひとかか》えほどもある大|木魚《もくぎょ》が転がッているかと思うと、支那美人
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