ない。……それはそれとしても、唐木屋利七は、一体、何のためにこんなところに用があッたンだろう。そんな男とは見えなかったが、何と言ってもあいつの商売は支那物なのだから、あんな顔をしてこッそり抜買をしていたのかも知れん。して見ると、おれの見込はまるッきり大外れになるわけだが。まア、しかし、こんなことを言ッてたってしようがない。……間違いなら間違いでもよろしい。折角ここまでやって来たんだから、兎も角、内部《なか》へ入って見ることにしよう」
 口措《くちお》かずにぶツくさ言いながら堤を下りて赤松の林を通抜け、舗石道について丸い石門の中へ入って行く。
 人が住まなくなってからもう余程になると見え、舗石の間からは雑草が萌え出し、屋根から墜ちて砕けた緑色の唐瓦が、草の間に堆高《うずたか》く積んでいる。石の階段《きざはし》は雨風に打たれて弓状《ゆみなり》に沈み、石の高麗狗《こまいぬ》は二つながらごろりと横倒しになっている。
 蔓草は壁に沿って檐《のき》まで這上り、唐館は蜻蛉《とんぼ》や羽蟻《はあり》の巣になっていると見えて、支那窓からばったや蜻蛉がいくつも出たり入ったりしている。どこもかしこもおどろお
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