れました」
「いやはや、どうも」
道行の皺を引伸ばしながら土間へ入り、長崎の唐木屋利七が泊っている筈というと、女中は怪訝な顔して内所へ入って行ったが、間もなく主人の喜藤次《きとうじ》が出て来た。
上框《あがりがまち》に膝をついて、
「ようお越しやす。……へえ、唐木屋さんは如何にもわたくしどもへ泊っておいででござりますが、先月の十五日に庭窪《にわくぼ》の蘇州庵たらいうところへ行くといやはりましてお出掛けになッた切り、かれこれもう四十日近くにもなるのだすが、今以《いまもっ》てお帰りなさりまへんので、わたくしどもでもご案じ申上げておるのでござります。お荷物は一切そのままになっておりますによって、どうでもそのうちにお帰りになるものと存じます。尤もな、お発《た》ちになる時、ひょっとしたら大津の方へ廻るやも知れんと、そう仰言ってでござりましたゆえ、多分、そッちゃの方へでもお廻りになったのかと存じますが……」
と言って、帳場の状差を指《ゆびさ》し、
「ごらんの通り、長崎やお江戸から赤紙付やら早文《はやぶみ》やらあの通り仰山《ぎょうさん》に届いておりますんだすが、当の唐木屋さんの行先がわからんこ
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