があるのだと解釈されるのです……あなたにしたって、なさりたいことがあるのでしょうから、自由をなくするのはお困りだろうと思って」
 なにもかも、ひどい間違いだ。弁解する気にもなれないほどバカらしいと思うのだが、筋のとおらない論理に屈服することは、自尊心にかけても、我慢がならなかった。
「あたしの身柄はあたしで始末します。あたしの質問したことに答えてくださればいいのよ」
「どういうことですか」
「そこまでの親切があるなら、そっと隠しておいてくれればすむことでしょう。あたしに返すのは、どういうわけなの?」
「あなたは溺れかける父を見捨てて、泳ぎ帰ってきたひとでしょう?」
「それは反語ですか……たとえ、そうだとしても、あたしが自殺しないといえるかしら? いろいろと言いまわしているけど、あたしには反対の意味に聞えるのよ……睡眠剤を致死量だけ飲んで、はやくおやじの後を追ったらよかろう……」
「宇野さん、それは邪推ですよ。あなたの側に個人的な理由があるならともかく、父のためなら、たぶん、あなたはもう自殺なんかなさらないでしょう。いちど死神が離れると、とっつかまえるのはたいへんだといいますから……そういう懸念があるなら、いくら私でも、こんなものをお渡ししませんや」
 たった一言、心の中の秘密をうちあけることができるなら、浅薄な論理をはねかえしてやることができるのだが……徹底的にうち負かされた感じで、抵抗する気になれないほど、久美子は弱ってしまった。
「隆……隆……」
 甲走った声で大池の細君が広間から二階へ叫びあげた。
「あなた、そこでなにをしているんです」
 隆が部屋の中から叫びかえした。
「まあ待ってください……いま話してるところだから」
「押問答をするほどのことはない。簡単なことでしょう。そこから出てもらえばいいのよ」
「ええ、いますぐ……」
 隆は当惑したように微笑してみせた。
「母も私も、父とあなたの……なんというんですか、身体を括《くく》りあったみじめな死体が揚ってくるのかと、ここへ着くまで、そのことばかり心配していたのでしたが……」
 雨雲がロッジの棟の近くまで舞いさがってきて、隆のいるあたりが急に暗くなった。見えないところから声だけがひびいてくるようで、合点がいかなかった。
「母にしても、生涯、心の滓《おり》になるような光景を見ずにすんだことを感謝しているはずです。
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