み存在するのだ……しかるにこのおれはまるで餓鬼のように勝ちたがっている。おれはどんな守銭奴よりも強慾だ。このおれがシステムなんか持って出かけていたらかならず、やられてしまったにちがいない。慄然としたよ……おれはこれからそのほうの研究をはじめる。修業しぬくつもりだ。そういう心の用意ができるまでは絶対にルウレットはやらん……しかしだナ」といってニヤリと笑うと、「そういう高邁な精神を持つようになったら、ルウレットなんかやる気はなくなるだろう……あの晩の貴様のやりかたは愉快でなかったが、この点では感謝してもいい。それからもうひとつ……いや、これはいうまい」
 なぜか頬を紅潮させて窓のほうへ眼をそらした。憔悴した頬が少年のそれのように生々とかがやき、あたかも真紅の二つの薔薇が咲きだしたかの如き印象をあたえた。やがて彼はいった。「ひとりでしゃべったが貴様の用はなんだ」自分は、これから毎日、話しにきたいといった。「むしろ忝ない」と彼がこたえた。
 一、五日目にはじめて彼を訪ねた。毎日訪問することにしておいたが夜を除く以外の時間をもって大急行で毒物学の知識を摂取する必要があったからである。今日の主たる
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