れることになった。それは一種異様なもので、われながら不快を感じたのであるが、そのアイデアとは、殺人を遂行するまでの経過を冷静に観察して見たいというそれであった。いま一人の人間を殺そうとしてある人間が計画をたてている。それは細心に考案され、徐々に対象の命に迫ってゆく。さまざまな曲折を経たのち、それは成功する(或いは失敗する)。いま自分の眼前で謀殺の全過程と全段階が展開されようとしている。人間が徐々に殺されてゆく経過をこの眼で見るなどは、千載一遇の機会であらねばならぬ。しかも殺人と被殺人者の両方の面からこれをながめ、「運命」の操《あやつ》り手を楽屋から見物し、運命のやり方というものを仔細に観察することが出来る。しかし自分は悖徳者《はいとくしゃ》ではないから、殺人に加担するのではない。あくまでも観察にとどめるのは無論である。殺人者に対していかなる誘導もいかなる示唆も与えず被殺人者にたいしてはいかなる同情も憐憫も感じない冷酷な心を用意しておかねばならぬ。殺人者を嫌悪せず、被殺人者を嘲笑せぬ公平な心が必要である。自分は出来るだけ冷静に観察するつもりであるが、かならずしも殺人の成功を望んでいるので
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