はない、結果はどうあろうと教訓になる。
よりよく観察するためには両者にもっと接近しなくてはならぬ。彼のほうはいいとしても、夫婦のほうへ毎日出掛けていく口実がない。しかしこんなぐあいには出来る。不便だという名目で夕食の世話をして貰う。相当以上の費用を払ったら承諾するにちがいない。
さいわい自分の放心ぶりは彼等に愚直凡庸な人物であるかのような印象を与えているから、彼等に気兼ねなく振舞わせることが出来るであろうと思う。
観念内の遊戯として弄《もてあそ》ぶぶんには一向無難であるが、実行に移した場合のことをかんがえると倫理《りんり》感情は一種不快な圧迫を受ける。殺人にたいして、いかなる積極的な意味においても共犯以外のなにものでもないからである。
一、翌朝になっても観念にたいする熱望は一向に薄らいでいない。自分は階下におりて夕食の件を依頼した。案の定妻君は快諾した。殺人計画の進行を仔細に知るためには、対抗上、毒物学の知識が必要であるとかんがえ、その足で図書館に行き、妻君の手元にある、
Witthaus, Manual of Toxicology, Kunhel, Handbuch der
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