くの魅力のある眼を赤く泣き腫していた。
 聞いてみると、二人はその朝不幸な手紙を受取ったのである。布哇《ハワイ》のれいの後援者《パトロン》の漁場が大海嘯《おおつなみ》にやられ、一夜にして彼自身も無一文になってしまった。不本意ながら、援助が出来なくなったといってきた。寝耳に水とは真にこのことだ。ちょうど半年分の送金が届く定例の月で、それを待ちかねていたくらいだから手元には千|法《フラン》とちょっとしか残っていない。どんなに倹約したって二タ月ともちはしない。するとそのあとはどうなるだろう。
「夫は歌をうたうほかなにひとつ出来ない能なしだし、あたしはミシンもタイプライターもだめなんです。パパがいやしい仕事だといってやらしてくれなかったのよ。アメリカならどうにかなるでしょうが、こんなせち辛い巴里じゃ日本人の働く口なんか、あるわけはないんだし、友達はみんなじぶんのことだけで精一杯で、他人のことなんかにかまっていられない、貧乏なひとたちばかりなんだから、いずれは餓死するか自殺するか、あたしたちの運命はもうきまったようなもんですわ」
 いかにもしんみりと口説《くど》くと、同情を強要するような一種雅致
前へ 次へ
全41ページ中11ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング