のある泣きかたをしてみせた。つまるところは助けてくれというわけなのであろうが、こちらにはそんな気がない。聞くだけ聞いてひき退ってきた。
一、それからまた三日ほどしてから、なにかの用事で夫婦のところへ行くと、発育不良の子供面が待ちかまえてでもいたようにいそいそと椅子から立ってきた。
「喜んでください。ぼくたちは餓死しないでもすみそうですよ。いやひょっとすると大金持になるかも知れないんです。まアこれを読んでごらんなさい」
いわば、喜色満面といった風情で、前日の夕刊をさしつけてよこした。なんにしても結構な話にちがいないから、それはよかったといいながら、指《さ》されたところを読んでみると「モンテカルロの大勝」という標題《タイトル》の下に、ウィンナムという英国の婦人が一夜のうちに二十万|法《フラン》勝ちあげ、モンテ・カルロ海浜倶楽部《ビーチ・クラブ》がその婦人に祝品を贈呈したとか贈呈するところだとか、そういった埓もない記事が載っていた。
夫のほうは悪いグロッグでも飲みすぎたようなしどろもどろの口調で「どうです。凄いじゃありませんか。一と晩に二十万法! ともかく最近モンテ・カルロはつづけざま
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