また念いりに通りをながめ、それから鶴の肩へ両手をかけて前へ押しだすようにした。
「行ってこい」
 ふりかえりもせずに、鶴は雨のなかへ出て行った。
 路地の角をまがって見えなくなると、乾は扉をしめて奥の階段の下までゆき、そこで立ちどまったまま、なにかしばらく考えているようすだったが、やがて踊るような足どりで二階へあがって行った。
 二十畳ほどの広さの部屋で、その奥のほうにこれもどこかの払下品なのだろう、天蓋のついた物々しい寝台がどっしりとすわっていた。窓のそばに桃花心木《マホガニ》の書机がひとつ、椅子がひとつ、床の上には古新聞や尿瓶《しびん》や缶詰の空缶や金盥……その他、雑多なものが、足の踏みばもないほど、でまかせに投げちらされている。
 それを飛びこえたり、足の先で押しのけたりしながら、机のそばまでゆくと、乾は思いだしたように懐から夕刊をとりだして、拾い読みをはじめた。
 絲満事件の五日ほど前に起った銀行ギャングの犯人の一人が、けさ名古屋で捕ったというので、全市の夕刊の三面はこの事件の報道で痙攣を起していた。犯人の自供によって、事件の全貌が明らかになろうとしている。警視庁高等課の予想通
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