金狼
久生十蘭
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)溝渠《ほりわり》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)古|軌条《レール》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#二の字点、1−2−22]
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1
市電をおりた一人の男が、時計を出してちょっと機械的に眺めると、はげしい太陽に照りつけられながら越中島から枝川町のほうへ歩いて行った。左手にはどす黒い溝渠《ほりわり》をへだてて、川口改良工事第六号埋立地の荒漠たる地表がひろがっていて、そのうえを無数の鴎が舞っていた。
その男は製粉会社の古|軌条《レール》置場の前で立ちどまると、ゴミゴミした左右の低い家並を見まわしながら、急にヒクヒクと鼻をうごかしはじめた。なにか微妙な前兆をかぎつけたのである。
斜向いの空地のまんなかに、バラック建ての、重箱のような形の二階家があって、大きな柳の木が、その側面をいっぱいに蔽うようにのたりと生気のない枝を垂れていた……
男はひどく熱心にその家
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