を眺める。それから、入口のガラス扉のそばへ近づいて行って、ほとんど消えかけているペンキ文字のうえへかがみこんだ。
〈10[#「10」は縦中横]銭スタンド、那覇〉と書いてある。
しばらく躊躇《ためら》ったのち、その男は思い切ったように扉《ドア》をおして、酒場のなかへはいって行った。
うす暗い酒場のなかにはまだ電灯がついていて、土間のうえの水溜りが光っていた。ぷんと、それが臭《くさ》かった。番台では汚れ腐った白上衣を着た角刈の中僧が無精な科《しぐさ》でコップをゆすいでい、二人の先客がひっそりとその前の卓《テーブル》に坐っていた。
一人は縮みあがった綿セルの服を着た五十歳位の、ひどく小柄な小官吏風の男。まるで顎というものがなく、そのうえ真赤に充血した眼をしているので、ちょうど二十日鼠がそこに坐っているように見える。もう一人は四十歳位で、黒いソフトをあみだに冠った、すこしじだらくな風態だが一見して高等教育を受けた男だということがわかる。酒のみだと見えて、鼻のあたまが赤く熟しかけている。
たった今はいって来たほうは、夏帽を窮屈そうに膝に抱えたまま、見るからに落ちつかないようすで街路のほう
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