ゅうを涙びたしにして、繰りかえし巻きかえし詫びるのだった。
「……つまり、ひがんでるんだねえ。……これが、あたしの悪い病さ。……ひねくれた書記根性ってのは、一朝一夕ではなかなかぬけきらない。……そこへもってきて、五十二年の鰥寡孤独さ。意地悪をするのが楽しみになるのも無理はなかろう。……しかし、まあ、かんべんしてくださいよ。あなたにゃ、まったく、すまないと思ってるんだから……」
 二時ごろまで、……時には、こんな風にして、たのしく夜をあかすのだった。

 暗い空で稲光りがしていた。久我は、いつものように葵をアパートまで送ってきた。なかへはいろうとする葵を、ちょっと、と、いって呼びもどすと、聴きぐるしいほどどもりながら、いった。
「……葵さん、どうか、僕と結婚してください。(そういうと、逃げるように、すこし身体をひいて)じゃ、おやすみ。……いや、いますぐ返事しないで……、一晩よく考えて、あすのひる、僕のところへやってきて下さい、一緒に食事をしましょう。……(そして、つぶやくような声で)……もし、承知してくれるなら、……手袋をはめてきてくれたまえ。……あの、レースのついたほうを……」

 久
前へ 次へ
全187ページ中70ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング