で起居し、いかなる人間にたいしても口をきかなかった。
和泉家のさまざまな慣例のうち、本家の二男三男は、分家の女子と縁組するのが、代々の規定になっていたので、葵もその例に洩れることは出来なかった。実情を明かせば、本家の家系は、いわゆる劣性家系であって、屡※[#二の字点、1−2−22]手のつけられぬ不適者をだした。こんな家に嫁の来手はないのだから、強制的に分家の女子を、それらの※[#「やまいだれ+発」、36−上−16]疾にめあわす必要があったのである。
このようなわけで、葵は先天的に夫をもっていた。葵の夫とさだめられていたのは、正明という本腹の四男であった。これは純粋の痴呆で、のみならず、眼球震盪症といって、眼球が間断なく動いている、無気味な病気を持っていた。
葵の十五の春に、父が喉頭癌で死ぬと、分家を立てるという名目で、二十一歳の正明が、急遽、葵の家へおくだり[#「おくだり」に傍点]になることになり、葵はその夜から、この阿呆と同室で、夫婦のように起居することを強いられるのだった。本家から正明に附属してきた老女が、(これは、言いようない愚昧な女だったが)初心な娼婦をなやす[#「なやす
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