じである。
絲満南風太郎の殺人事件も、〈謎の女〉とか、〈未知の財産遺贈者〉とかいう工合に、偶々過剰な架空的要素を含んでいたので、小説嫌いの、実直な世間からは、いささか小馬鹿にされているかたちだった。
しかし、一方には好奇的傾向の強烈な連中もいて、(これは、いつも案外に大勢なのだが……)その方面で、一週間以来、この事件はさまざまに論議されていた。
加害者が若い女で、しかも、初心者の手口だというところから、いうまでもなく、これは情痴の犯罪だ、などと、うがった批評をするものもいた。……早合点をしてはいけない。では、遺産相続通知のほうはどうだというのか。情痴説は、そこで、ぐっ、と、つまってしまう。〈その女〉については、新聞もいろいろと奇抜な想像を加えて書きたてたが、一般が最も知りたがっている、〈謎の遺産相続通知〉の真相については、たぶん、警察の捜査方針を混乱させるための犯罪者のトリックであろう、という以外に、満足な説明をすることが出来ないのであった。
犯罪の前夜、〈那覇〉に現れたという、二十二三のすらりとした断髪の〈その女〉はその後杳として行衛が知れないのだった。しかしその存在は肯定さ
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