と、急にぐったりと、卓の上へ頬杖をついて、うわごとのように、なにかぶつぶつ[#「ぶつぶつ」に傍点]つぶやきはじめた。酔態としても、これはかなり異様なものだった。
西貝が、久我に、ささやいた。
「恐ろしい精神状態だ」
久我は、ささやきかえす。
「むしろ、奇抜ですね」
西貝がいった。
「……乾老。……性格のちがいというのはえらいものだね。……小生は寅年生れだが、遺産のことなんか、とうに忘れていたよ」
「忘れるのは、あんたの勝手だ」
乾が、うなるように言いかえした。
「ま、立腹したもうな。……しかしながら、絲満の加害者が、あんたの血相を見たら、たいてい竦《すく》みあがるだろう。なにしろ、凄かったぜ」
乾は、ふふん、とせせら笑っただけで相手にならなかった。
久我がにやにや笑いながら、
「同感ですね。……私はついさっき取調室から出てきたばかりですが、帰りがけに、司法主任がこういってました。……だいぶご機嫌でね、……君、加害者はやっぱり、あの朝〈那覇〉へきた五人のうちの一人なんだ。見てたまえ、誰れだか明日になればわかるから、って……。(いかにも面白そうに、三人の顔をながめながら)……し
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