物凝固の世界から、一躍にして、虚にして無なる境地に直入する。あかにし[#「あかにし」に傍点]であればあるほど、反動も大きければ爆発も異常だ。……ご承知の通り、あの前夜、絲満氏は見知らぬ女に大盤振舞をし、自分もしたたかに飲んだといいますが、絲満氏を知っている連中の話では、そんなことは何十年来なかったことだそうです。……これなどはじつに、その辺の消息を雄弁に物語っているじゃありませんか。……どうです。それでもまだご異存がありますか。……(急に調子をかえて)だからさ、どの位あったか知らないが、当然手にはいっていたものを、むざむざ横あいからひっ攫われたかと思うと、あたしあそれが残念で、いても立ってもいられないんだ。……(卓の上へ両手をついて、三人のほうへ身体をのりだすと)あたしあ、巳年生れでね。これで、嫉妬心もつよければ、また、ずいぶん執念も深い性なんだから、こんな目に逢わされてだまって引っこんでるわけはない。……あたしの手で、いまにきっと、そいつをとっちめてやるつもりなんだ。……なアに、どうせ長いあとのこっちゃアありゃしない。……いまに見てろい、どんな目を見るか! ぬすっとめ!」
 そういう
前へ 次へ
全187ページ中55ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング