に、そのひとは、癌かなにか病んで、みずから余命いくばくもないことを知っていた。しかも、手紙の文面から察すると、病態はすこぶる険悪だったのですな」
 西貝がふきだした。
「……乾老。あんたも新聞を読んだろうが、絲満って男は、古今未曽有のあかにし[#「あかにし」に傍点]だったんですぜ。……その男が、どこの馬の骨かわからないやつに、自分の財産を……」
 しずかに、乾がこたえる。
「たぶん、そう言われるだろうと思っていました。……あたしも新聞を読みました。新聞で絲満氏の性行を知るにおよんで、いよいよ、あたしの想像がまちがっていないことがわかったのです。……西貝氏、あなたがそういわれるのは、吝嗇漢というものの心情を解していないからです。(ひと口のむと、またコップをおいて)正直なところ、かくいうあたしも吝嗇漢です。されば、あたしには、絲満氏の気持がじつによくわかる。いったい、吝嗇漢というものは、そういう絶対境に追いこまれると、得てして非常に飛びはなれたことをやりだす。……絶体絶命だ、どうしても天命には勝てん、なんていうことになると、いままで、圧しつけに圧しつけていたものが、一ぺんに爆発する。……唯
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