ッキをつけていた。扇子で手首へ風を入れながら、
「苛酷なる司直の手より脱免し、四士ここに無事再会。こうして一杯のめるというのは、まずまず祝着のいたり。(と、べらべら喋ってから、葵のほうへ短かい顎をつきだし)……ねえ、葵嬢。なにかと、ずいぶんうるさかったでしょう。いや、お察ししますよ。こんどは、どうもあなたがいちばん分が悪かった。美しく生れると、とかく損をするて……」
 西貝は、露骨にいやな顔をして、
「警察のはなしはよしましょう。なにはともかく、とりあえず喉を湿めそうじゃないか。ちぇっ、誰も寄って来やがらない。(劇しく卓を叩きながら)おい、給仕! 給仕はみな、死に絶えたのか」
 と、叫んだ。乾は三人の顔を見まわしながら、
「……ときに、今夕の散財は、どなたのお受持でございますか。……いや、それとも? ……こういうことは、予めはっきりして置くほうがいいので……」
 久我が、こたえた。微笑しながら、
「失礼ですが、今日は私にやらせていただきます。……東京に馴れぬので、こんな殺風景なところを選びましたが……」
 乾は、それは、それは、と、卑しい笑いをうかべながら、
「このたびは、じっさい不思
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