手を見つめながら、西貝がいった。
「第二係? ……そ、そんな馬鹿なことはないだろう」
 西貝をのこして、みなが、がやがや言いながら出ていった。

 久我が、まず先にやってきた。みなの来るまえに、すこしでも葵と二人きりで、話したかったのだ。広間のまんなかの卓について水を貰った。なま温い水だった。
 広間には、むやみに人がつまっていて、みな申し合せたようにジョッキをひかえていた。大きな扇風器が、いらだたしく天井で羽搏いていた。
 葵がやってきた。富士絹のブルウゼに薄羅紗《うすラシャ》のスカートをつけ……まじめな百貨店の売子のように、さっぱりと地味ないでたちだった。駆けつけるように寄ってきて、久我のとなりへ坐ると、苦しそうに息をきった。
「はあ、はあ、いってますね、どうしたの」
 ふ、ふ、と笑うばかりで、返事しなかった。
「お腹は明けてあるでしょうね」
 子供のように、いくどもうなずいた。
 広間の入口のところで、西貝と乾がうろうろしている。葵がそのほうへ両手をあげて、それを手旗のように振った。
 二人は、遠くから、やあ、やあ、いいながら近づいてきた。乾は黒い上衣を着、その下へ固苦しく白チョ
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