記者溜へはいってゆくと、ひどい煙のなかから、いきなり那須がこう声をかけた。三人ばかり立ちあがって、どやどやと西貝のそばによってきた。
 西貝はテエブルの上へ腰をかけると、怒ったような口調で、いった。
「小生なんざ、どうでもいいのさ。小生がいろいろと有益な進言をするんだが、まるで聴いちゃいないんだ。……ひとに喋らせて置いて夢中になって古田の聴取書を読んでいるんだ。……そら、あのチャップリン髭の……。なにかまた新しい証拠があがったんだな。……きいたか、那須」
 那須は書きかけの原稿を、鞄のなかへ突っこみながら、
「そう。……いろいろやってみると、あいつの行動《シンジョウ》に曖昧なところが出てきたんだ。……〈那覇〉の奴がようやく今日になって言いだした。……そういえば、人殺しのあった前の晩の八時頃、古田が若い女をつれて酒をのみにきた。このほうは、はっきり見たから顔は覚えている。二十二三のいい女だった。……声にきき覚えはないか、と、係がきくと、あまり口数をきかずにつんとすましていたから、どうも、声はよく覚えていないと、いうんだがね。それで……」
「それで、その女は古田のなんだ?」
「それが、窮し
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