したのはあたしなんです。……ふ、ふ、ひとに言っちゃいけませんよ。……うらまれますからな。警察に協力するのは市民の義務でさ。……生意気に! ひとを馬鹿にしやがるから。……ざまあ見ろ、人殺しめ。……では、今晩定刻に……」吸いさしの煙草を、火のついたままポイと廊下に投げだすと、踊るような足どりで、歩いていった。
 久我があっけにとられて、そのあとを見おくっていると、また扉があいて、こんどは、西貝が出てきた。ひどくはしゃいだ声で、
「おつぎの番だよ」
 と、いった。荒い息づかいをしていた。
 巡査が扉から首だけ出して、思いのほか丁寧な声で、久我さん、と呼んだ。
 久我がベンチから立ちあがろうとする拍子に、膝から麦稈《むぎわら》帽子が落ちた。どこまでもコロコロと転げていって、はるか向うの壁にぶつかると、乾いた音をたてて、そこでとまった。
 久我は、なぜかひどくうろたえて、帽子をとりあげると、よろめくような足どりで戻ってきた。
「おい、久我君、待ってるぞ。記者溜で」
 久我は、ちょっとふりかえると、妙に印象に残るような微笑をうかべて肯いた。扉がしまった。

「おお、どうでした、西貝さん」
 西貝が
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