の薄いカアテンを通して、朝の光がしずかにほおえみかける。
彼女はまだ四時位しか眠っていなかったが、もう充分に寝足りたような気持ちだった。身体のうちが爽やかで、頭のなかを風が吹きとおるように思われた。
葵は、右の腕を頭の下に敷いて、夕方までの時間をどこで暮らそうかと考えた。空には一片の雲もない。青い初夏の朝空。葵は幸福にたえかねて眼をとじた。
だれかが扉をたたく。多分、アパートの差配の娘だろう。それにしても、こんなに早くどうしたというのか……
はいってきたのは、差配の娘ではなかった。
揃いのように、灰色のセルの背広を着た二人の紳士であった。もう一人のほうは厳めしい口髭を貯えていた。
慇懃にスマートに、出来るだけ気軽に話そうとしながら、
「……お手間はとらせませんから、ちょっと、洲崎署までいっしょに行ってください。たいしたこっちゃないんですよ。……ちょっとね。あなたも、とんだかかりあいで、ほんとにお気の毒です」
葵は両手で顔を蔽うと、後へぐったりからだを倒してしまった。
3
人影のない長い廊下には、警察署特有の甘い尿の臭が漂っていた。喰い荒した丼や箱弁の殻がい
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