たぶらぶらと新宿の方へ戻りはじめた。
久我はこの東京にひとりの知人もなかった。都会の孤独は、久我にとっては、じつにやりきれないものだったので、今晩の葵のやさしさは、こころの底まで沁みとおるようであった。
〈……葵も東京でひとりぽっちだと言っていたようだった、と彼はかんがえる。……あんな美しい娘が、どうしてひとりぽっちなのだろう。そういえば、病身らしいところはある。……あまり子供っぽい顔をしているからかしら。すこし、明るすぎる。……あの種類の顔は、見るひとに、いつも郷愁を感じさせる顔だ。二年前なら、このテエマでおれは詩をつくっていたろう。……しかし、いまは、すくなくともおれは詩人じゃない。……おっと、これは失礼〉
久我がこんなことを考えながら歩いていると、そこの路地から出て来た男に突きあたった。
「や、これは失礼」
と、その男も帽子をとりながら、久我の顔を見ると、急に剽軽《ひょうきん》な調子で、
「これはこれは、なんたる奇遇!」
酒鼻……西貝計三だった。
久我も驚いて、
「おう、これは意外でした」
「こんなところで出っくわそうとは思わなかった。……どうです、もしよかったら、その
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