見ると丁重に頭をさげた。久我は気おくれがして、ちょっと階段の下でためらっていたが、やがて、決心したように狭い階段をのぼって行った。
久我はホールの端口に立って、しずかにその内部を見まわした。やや広い四角な部屋の壁にそって、チュウブ製の小卓《テーブル》が十五六置かれ、三十人ほどの男と女が、飲物を前にして、そこにかけていた。久我がはいってゆくと、ホールのひとびとは、検べるような眼つきで、一斉に久我のほうへふりかえった。ひとびとの見たものは、すこし贅沢すぎる服をスマートに着こなした、二十五六の、ちょっと例のないような美しい青年であった。
久我は入口の近くの小卓《テーブル》につくと、もう一度念をいれて広間のなかを見廻した。しかし、そこには葵の顔は見あたらなかった。
一人の女が立っていって蓄音機をかける。ささやくようなルムバのメロディがそこから流れだした。四五人の男が立って行って踊りはじめた。踊り場の中央には大きな磨硝子《すりガラス》が嵌めこまれてあって、下からの照明が、フット・ライトのように、その上で踊る男と女の裾を淡く照らしあげた。
鮭色のソワレを着た十七八の若い娘が久我の傍へきて坐
前へ
次へ
全187ページ中21ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング