「なにも話さなかったの、久我のことは」
「金を借りに来たといった。それだけだ」
 鶴は乾の袖を掴んでゆすぶりながら、
「なにも言わなかったのね、本当ね?」
「下手なことをいうと係りあいになるからな。だれがそんなたわけたことをするものか。(チラリと鶴の顔を見あげて)だが、なんでそんなことをきく」
 鶴は、急に涙ぐむような眼つきになって、
「なんといったって、ほんとは久我が殺ったんじゃないでしょう。だから、久我を密告《サシ》て苦しめることだけはかんべんしてちょうだい……それを、お願いに来たのよ」
 乾は竹箆の先に飯粒をためたまま、飽っ気にとられたような顔で鶴を見つめていた。
「正直のところあんたが、どうしても久我を送りこもうというのは、そうして葵を手にいれるつもりもあるんでしょう。それならば、ほかにいくらだって方法があるじゃないの。密告《サス》のだけはゆるしてやってちょうだい、お願いだから」
「どうしたというんだ、藪から棒に。鶴《チル》」
「わけ? わけはかんたんよ。……あたし、久我に惚れちゃったんだ(そう言って椅子のうしろに頭を凭らせると、)もうどうにも手に負えないんだ。この頃は一日に十
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