てきたら用達てましょう。ま、当座のご用に、といって五十銭玉をひとつ差しだした。乾だけがめあてだったので、眼が眩むような気がした。
 神戸から帰って以来、久我は毎朝警視庁へゆくといって家を出ると、四谷見附まで歩いて行き、夕方までの長い時間をもてあましながら、そこの土手で寝てくらしていた。葵が身の皮を剥ぐようにしてやっていることはよく知っているのだが、職をさがすとしても、はじめての東京にはひとりの知人もなく、そもそものキッカケさえつきかねる。考えあぐねて、けっきょく眠ってしまうのだった。
 十年前は〈トムトム〉の同人として活発な運動をつづけていた。支那へ行って放浪生活をはじめてからは、おいおい何ものにも興味を失って、いつの間にか運動から離れ、仕事らしい仕事はなにひとつせずに暮していた。この十年間に彼が得たものといえば、無為のみが人間の精神を自由にする、というアフォリズムだけだった。日本へ帰って来たのは、勿論望郷の念などによるのではなく、変った土地へ行って見ようと思ったのにすぎない。
 大阪へつくと、その夜、まるで宿命説のように過去の因縁に逢着した。むかしの同志、石原と中村が、合同後の党資金
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