返事が出来なかった。しかしこの場合、それを断りきる勇気は葵にはなかった。
 乾は満足そうに手をすり合して、
「いや、そうあるべきが当然なのさ。この世は持ちつもたれつだからね。……だが、このことは久我さんにはそっとしておいてくださいよ。なにしろ、あのひとは頑固だからね。横合いからじゃじゃ張られると困るんだ。……それに、こう言っちゃなんだが、久我さんてえのはなるほどいい男だが、なんにしても得態が知れないからねえ。(そう言いながら、すこしずつ葵のほうへすり寄って行って、肩に手をかけると)ねえ、葵嬢、那須ってあの新聞記者がね、職員録を繰って見たが、京大阪はおろか、北海道庁の警察部にも、久我千秋なんて特高刑事はいないそうですぜ。官名詐称を承知でやってるてえのには、そこになにか相当のわけがあるのさ。……葵嬢、逆上をしずめて、すこし考えなくちゃいけないねえ。うっかりしてると泣いても追っつかなことになりますぜ。……なにものか判らないやつにしがみついてるなんてテはないよ。(葵の手を握りながら)そりゃ、もちろん、いざってときには、及ばずながらあたしが加勢する。正直にぶちまけると、あたしああんたが好きだ。あ
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