たに貸すのだ。あんまりあんたが気の毒だから……。そのかわり、といっちゃなんだが、じつは、あたしのほうにもすこし頼みがあるんだ。……というのは、近々久我さんのところへ、山瀬順太郎という、軍人のような体格をした男がたずねてくる。……六尺ちかい大男で、陽に焼けたまっ黒な顔をしている。一眼見てそれとわかる男なんだが、あたしあその男に、去年の秋二百円ほど金を貸してある。……そいつは最近おやじの遺産を相続して、このごろはだいぶ羽ぶりをきかして遊んでるという噂なんです。本来なら、角樽《つのだる》の一挺もさげて、まっさきにお礼にやってこなくちゃならねえところなんだが、逃げ廻るてえその了見が太いから、ひとつとっつかまえて油をしぼってやろうと思うんです。……そういうわけだから、もしそいつが久我さんを訪ねてきたら、そっとあたしんとこへ知らせにきてくださいな。……ねえ、葵嬢、すこしあざといようだが、それを教えてくれたら、お金を渡すということにしようじゃないか。……どうです」
 山瀬順太郎……、きいたことのある名前だ。が、どこで逢ったのか、葵にはどうしても思いだせなかった。それに、うしろめたい気もする。すぐには
前へ 次へ
全187ページ中123ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング