あるもんだねえ、ここの開業のとき、あたしはだいぶ古家具を周旋したんだがねえ、どうしても金をよこさない。こんな……てあい[#「てあい」に傍点]にかかったら、まったく手も足も出やしない。……じっさい、泣かせますよ」
 慰めるつもりなのか、額を叩きながら、とめ途もなく、べらべらと喋言りつづけた。
 電話室でベルが鳴った。葵は本能的に立ちあがって受話器をとった。果して久我だった。きょうの午後、那須たちと新宿の〈磯なれ〉で逢うことになったから、晩飯にはすこし遅れるかも知れないという電話だった。
 葵は出来るだけ快活な口調で、
「え、わかってよ。ご用はそれだけ? それで、いまどこにいらっしやるの?」
 と、たずねた。思わず声が震えた。久我は、いま本庁の特高課にいると、こたえた。葵は泣きだしたいのをこらえながら、息をつめてとぎれとぎれに、いった。
「……それから、さっきはごめんなさい。あたし、どうかしてたんです。ゆるしてちょうだい。……どうぞ、あたしをいやになったりしないでね。……それから、上高地へ行きましょうね。出来るだけはやく。……こんな神経質では、あなたを困らせるばかりだから……え、そうよ。明
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