へやって来た。ちょうど、この隣りが葵たちの部屋になっているので、憚るところのない猥らなもの音が、薄い壁をとおして手にとるように聞えてきた。
久我がなぜこんなアパートへ引越してきたか葵にはよくわかっていた。なに気ないふうをしているが、久我には金がないのだ。新婚旅行のために月給の前借をしたのらしく、先月の末に持って帰ったのはたった五円だけだった。葵にはもともと貯えなどはなかったので、いきおい身の皮をはいで喰うよりほかはなかった。新聞紙に服を包んでは質屋の暖簾をくぐった。いくらも貸してくれなかった。久我にみすぼらしい思いをさせまいと思って、毎日の生活は豊かすぎるくらいにやっていたので、みるみるうちにゆきづまっていった。葵の持ちものといっては、いま着ている古いアフタヌンだけになってしまった。
葵は部屋の隅の瓦斯煖炉のまえで新聞を読みながら朝食の仕度をしていた。
絲満南風太郎の殺人事件がいわゆる迷宮に入ってから、もう三ヵ月の余にもなる。新聞の三面はその後この事件を忘れていたが、昨日の夕刊から新しい展開にしたがって、また活発な報道をはじめていた。警視庁の捜査第一課はとうとう真犯人を袋小路《ア
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