間代のゆえに、思いきってここを動きかねているのだった。
 アパートの女将の朱砂ハナというのは、琉球の絲満の生れで、ついこの頃まで洲崎のバアで女給をしていた。もと小学校の先生をしていたというのが自慢なのだが、それは嘘ではないらしく、いかにも抜目のない感じのする女だった。額の抜けあがった浅黒い陰険そうな顔つきをし、夕方になると事務室の奥で、生意気なようすでオルガンなどを奏いていた。
 商売のほうの連絡は四通八達らしく、だまって坐っていても電話でまいにち相当の申込があるようすだった。琉球訛のある甲高い声でテキパキと応対し、話がきまるとすぐ女の部屋へあがってゆく。女がいなければそのカフェへ電話をかけて行先を知らせた。
 仲介だけを専門にやり、アパートへ男を連れ込むことを絶対に禁じていたが、体操学校の女学生というのだけはなぜか大目に見ていた。十七八の猫のような顔をした娘で、五人の中学生の共同出資で囲われていた。若い旦那たちは毎朝ここへおち合って娘のつくった朝飯をくい、元気よく揃って学校へ出かけて行くのだった。五日目ごとに順番が廻ってくるのらしく、夕方になると、まいにち違った顔がひとりだけ娘の部屋
前へ 次へ
全187ページ中111ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング