葵はすこし赧くなって、
「悪い眼ね。……これから気をつけますわ」
「それはそうとして、すこし釈明しておくかな(葵の顔を見ながら)……六月一日に大阪で起った銀行襲撃事件ってのを知ってるかね?」
「えッ、それが?」
「それが、無政府共産党の仕業だったんだね。(それから、眼をつぶりながら)その、共犯の一人がすぐま近にいる」
「ええ、それで?」
「あとは言えないのだから訊かないでくれ。……要するに、そういうわけだ、想像にまかせる」
 ボーイが名刺を持ってはいってきた。葵はほとんど本能的に立ちあがって名刺を受けとると、その名の上へす早い一瞥をくれた。名刺には厳《いかめ》しい四号活字で、
〈兵庫県警察部特別高等課 山瀬順太郎〉
 と刷ってあった。
 久我は名刺を見ると、急に顔をひきしめて、そのひとに階下の控室ですこし待っていてくれるように、と、ボーイにいうと、手早く服を着換えはじめた。
 葵のこころに明るい陽のひかりがさしこんできた。しらじらとした部屋の趣も、どんよりとした空のいろも、さっきほどわびしくは思われなくなった。
 久我は葵を絲満の加害者だと信じているわけでも、彼が身分を偽っていたのでも
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