がねえ、あっしの考えじゃ、どうも冗談たあ思われなかったんだ。ちゃんとすじが通っているからね」
 二十日鼠が、ふふ、と苦笑した。菜葉服はむっとしたようすで立ちあがった。
「おい、妙な笑いかたをするじゃねえか」
 二十日鼠が言いかえす。菜葉服がいきり立つ。男《ボーイ》までそれに加わって、おい追い手のつけられないようすになって行った。
 娘は眼にみえないほど、すこしずつ青年のほうへ寄っていった。初対面の男たちが下素っぽく罵りあっている。この不潔な酒場のなかでは、青年の端正な美しさは、たしかにひとつの救いであった。
 娘は青年の耳元でささやいた。
「……ここがわからんで、あたし、ずいぶん探し廻りましてんの。……しょむない……あたし、やっぱり慾ばり女なんですわ」
 彼女のいいかたは、いかにもあどけなかったので、青年は微笑せずにいられなかった。
「でも、今のところまだ、担がれたんだときまったわけでもありませんし……」
 腕組みをしながら、隅のほうで超然と三人の論争をきき流していた酒鼻が、急に口をきりだした。
「小生もこれを冗談だときめてかかる必要はないと思う。要するに、手紙の差出人がまだやってこな
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